須玖・岡本遺跡/須玖岡本遺跡

ふりがな
すくおかもといせき 
時代
弥生/奈良 
所在地
福岡県春日市岡本町5丁目・2-92・95・96 
緯度経度
 
遺構概要
墳墓-甕棺墓43+土壙墓3。 歴博報56、墳墓-弥生III期〜V期-甕棺。 市年報9(弥生中期前半-甕棺墓+溝1/奈良-包含層) 
遺物概要
B地点-銅鏡(小型倭製鏡1+方格規矩鏡1+連弧文「日光」銘鏡1)+細形銅剣2、 D地点-銅鏡(重圏四乳葉文鏡2+方格四乳草葉文鏡1+重圏「精白」銘鏡2+重圏「清白」銘鏡3+連弧文「清白」銘鏡4+重圏日光鏡3+連弧文星雲鏡5+キ鳳鏡1)+銅剣片3+中細形銅矛5+中細形銅戈1+銅釧+鉄刀1+ガラス製勾玉1+ガラス製小玉38+ガラス製璧+管玉。 歴博報56、B地点:単圏銘帯鏡(銘帯<文字>「見□之長□□忘」</文字>、欠損7.9cm、1916〜1917年出土、韓国国立中央博物館蔵)、 方格規矩鏡(銘帯<文字>「日有熹月内富・・・・憂患樂巳未□」</文字>、欠損13.9cm、1916〜1917年出土、韓国国立中央博物館蔵)、 その他B地点出土と伝えるものに、弥生小型倭製鏡(内行花文鏡)(銘文なし、完形7.8cm、出土年不明、九州大学玉泉館蔵)、 同(銘文不明、遺存土・面径不明、出土年不明、現物なし)がある。伴出、不明 D地点:草葉文鏡(銘文なし、破片7寸8分、1899年出土、春日市教委蔵、現物の有無不明)、以下記述のないものは(遺存度・面径不明、 1899年出土、所蔵・保管者不明)共通、同(銘文なし、破片13.028cm、現物の有無不明)、同(方格内<文字>「母」</文字>、破片7寸8分、東大・京大・中山平次郎・和田千吉・古谷清所蔵・保管)、内行花文銘帯鏡(清白銘)(銘帯<文字>「〓清白而事君 志治之合明□ 玄之流沢疏遠 而日忘美□外丞 可説□思而無紀」</文字>)、同(銘文不明)、同(銘文不明)、内行花文銘帯鏡(昭明銘か)(銘帯<文字>「・・内清・・・」</文字>、破片)、同(銘帯<文字>「・・・而以・・・之・・」</文字>、破片)、重圏銘帯鏡(精白銘)(銘帯(内圏)<文字>「・・・明光・・・夫明心忽・・・」</文字> (外圏)<文字>「・・・永思而母紀」</文字>、破片17.3cm、九大蔵(東大旧蔵)、同(銘帯(外圏)<文字>「〓清白而・・・玄錫之流澤・・・遠而日忘・・・」</文字> (内圏)<文字>「・・以昭・月心・・願忠然・・」</文字>、破片16.7cm、京大蔵(東大旧蔵)、同(外圏なし、内圏<文字>「内・・・不池」</文字>、破片、九大蔵)、 同(銘帯(外圏)<文字>「・・・之・・・於之重・・・」</文字>、破片)、同(銘帯(外圏)<文字>「・・・清白而・・・流澤・・・」</文字>、破片16.7cm)、重圏銘帯鏡(日光銘)(銘帯<文字>「(外帯)文字部欠失(内帯)光長」</文字>、破片約5寸、東京帝国大学旧蔵、現物なし)、同(銘帯<文字>「見」</文字>、破片、京大・九大所蔵・保管)、単圏銘帯鏡(日光鏡)(銘帯「忘」、破片、許斐蔵)、星雲文鏡(銘文不明、破片5寸2分)3面、同(銘文なし、破片)、同(銘文不明、破片5寸5分)、伴出、中細形銅剣+細形銅矛+中細形銅矛+中細形銅戈+ガラス製勾玉+ガラス璧、その他D地点出土と伝えるものに、キ鳳鏡(鈕座<文字>「位至三公」</文字> キ鳳文の間<文字>「君宜(古)市」</文字>、完形13.6cm、出土年不明、東博蔵(二条公園銅駝坊陳列館旧蔵)がある。 市年報9(弥生中期前半-土器+成人棺+小児棺/奈良-平瓦) 
発掘概要
1929年9月7日〜9月14日(京大)、1962年10月1日〜16日(県教委)、1979年4月2日〜12日(県教委) 
その他概要
富岡謙蔵『古鏡の研究』(1920)。浜田耕作・梅原末治「筑前須玖・岡本遺跡調査概報」『京大報告』11(1930)。島田貞彦「筑前須玖史前遺跡の研究」『京都帝国大学文学部考古学研究報告』11(1930)。高倉洋彰「弥生時代小形ボウ製鏡について」『考古学雑誌』58-3(1972)。岡崎敬「鏡とその年代」『立石遺蹟』(1977)。 埋文研究会20-1986。歴博報56(1994)。 市年報9-2002.3 
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