権現山51号墳

ふりがな
ごんげんやまごじゅういちごうふん 
時代
古墳 
所在地
兵庫県たつの市御津町中島権現山/たつの市揖保川町/たつの市中島 
緯度経度
 
遺構概要
集成、古墳(前方後方墳)。<立地>山頂。標高138m、平地からの比高133m、方位N100度E、墳長48.0m、後方辺28.0m・高3.2m・頂辺8.0m、前方幅14m・長20.0m・高1.3m、くびれ幅9.8m、後前高差-1.9m、葺石あり、葺石は後方部で貼石状になっている。 (内部主体)位置:後方部頂上、棺:割竹形木棺(コウヤマキ製)、槨:竪穴式石槨、流紋岩質凝灰岩、長4.8m・幅1.16〜1.0m、主軸と直交、遺体:壮年後半ないし熟年・頭位北、乱掘:かつて後方頂部が広く盗掘されたようであるが、埋葬施設の一部と埋葬品の大部分は残っていた。 歴博報56、古墳前期-古墳(前方後円墳、竪穴式石室+割竹形木棺)、墳長42.7m。 
遺物概要
集成、埴輪(都月型埴輪)+土師器(壺)、三角縁神獣鏡5(天王日月吉獣文帯四神四獣鏡+張氏作三神五獣鏡+吾作三神五獣鏡+陳是作四神二獣鏡+波文帯四神二獣鏡)+ガラス製小玉約220以上、鉄剣1+鉄槍5+鉄鏃7+柳葉形銅鏃6(有茎腹抉柳葉形銅鏃4+有茎柳葉形銅鏃2)+鎌1+斧3+鋸1+鑿7+ヤリガンナ3+砥石1+紡錘車形貝製品1+ほか貝製品+木製枕。 歴博報56、三角縁獣文帯四神四獣鏡(銘帯<文字>「天王日月吉」</文字>、完形22.35cm、1989年発掘、調査団蔵)、以下(1989年発掘、調査団蔵)は共通、 三角縁張氏作三神五獣鏡(銘帯<文字>「張氏作鏡眞巧 仙人王喬赤松子 師子辟邪世少有 渇飲玉泉飢食棗 生如金石天相保兮」</文字>、完形22.7cm、 同型鏡:香川県奥3面、京都府椿井大塚山、静岡県連福寺、群馬県(伝)三本木、出土地不明鏡2面)、 三角縁吾作三神五獣鏡(銘帯<文字>「吾作明竟甚大好 上有神守及龍虎 古有聖人東王父 渇飲玉泉全朋食棗 壽如金石」</文字>、完形21.45cm、 同型鏡:京都府椿井大塚山2面、愛知県百々町)、 三角縁陳是作四神二獣鏡(銘帯<文字>「陳是作竟甚大好 上有王父母 左有倉龍右白虎 宜遠道相保」</文字>、完形21.9cm、 同型鏡:神奈川県真土大塚山、京都府椿井大塚山、岡山県備前車塚2面)、 三角縁波文帯四神二獣鏡(完形22.2cm、同型鏡:熊本県(伝)八代郡出土・耕三寺博物館蔵)、 伴出、ガラス製小玉+紡錘車形貝製品+鎌+斧+鑿+鋸+砥石+銅鏃+鉄鏃+剣+槍。 
発掘概要
集成、1989年3月、権現山51号墳発掘調査団が発掘調査。 
その他概要
旧、揖保郡御津町/揖保郡揖保川町/龍野市。 LCa1・2/ON/PN/。<全国遺跡地図番号>22-147。 松本正信ほか「考古学からみた龍野」(『龍野市史』I、1978)。松本正信ほか「龍野市とその周辺の考古資料」(『龍野市史』IV、1984)。近藤義郎編『権現山51号墳』(1991)。『前方後円墳集成』(松本正信・近藤義郎、1992)。歴博報56(1994)。兵庫県遺跡地図1 2000、82-470046。 
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