広峯15号墳

ふりがな
ひろみねじゅうごごうふん 
時代
古墳 
所在地
京都府福知山市天田広峯 
緯度経度
 
遺構概要
集成、古墳(前方後円墳)。<立地>丘陵尾根上。標高52m、水田からの比高32m、前方部1段・後円部1段、方位N60度W、墳長40m、後円径26m・高3.5m・頂径13m、前方幅13m・長16m、高2m、くびれ幅11m、後前高差-1.5m、葺石なし、(内部主体)後円部頂、棺:箱形木棺、長3.6m以上・高0.5m・幅0.7m、そのほか:直葬、墓壙長10m以上・幅5m・深1.2m、主軸と平行、遺体:頭位N60度W、乱掘あり。 歴博報56、古墳前期-古墳(前方後円墳、組合式木棺(木棺直葬))、墳長42.0m。 府Map2002、全長40m、後円部径25m、高3.5m、前方部幅13m、高2m。<立地>丘陵頂。<保存状況>消滅。 
遺物概要
集成、埴輪なし、盤竜鏡1+碧玉製管玉2+鉄剣1+鉄槍1+斧1+ヤリガンナ1。 歴博報56、景初四年銘盤龍鏡(景初四年(240年)銘帯<文字>「景初四年五月丙午之日 陳是作鏡 吏人銘之位至三公 母人銘之保子宜孫 壽如金石」</文字>、完形16.8cm、1986年発掘、福知山市教委蔵、同笵鏡:出土地不明鏡(辰馬考古資料館蔵))、伴出、管玉+斧+ヤリガンナ+剣+槍 府Map2002、古墳前期-石斜縁盤龍鏡(景初四年銘)+鉄製武器+鉄斧+管玉+皮製品。 
発掘概要
集成、1986年、市教委が発掘。1986年実査。 府Map2002、1986年発掘。 
その他概要
王仲殊「論日本出土的景初四年銘三角縁盤龍鏡」(『考古』87-3、1987)。森浩一「1986年考古学の成果と問題点」(『東アジアの古代文化』51、1987)。坂本義種「年号鏡”幻の景初4年”をめぐって 元旦の忌日を避ける窮余の一策」(『東アジアの古代文化』51、1987)。 岡本健一「景初4年鏡の行方」(『東アジアの古代文化』51、1987)。奥野正男「景初4年は存在したか 国産説の有力資料」(『東アジアの古代文化』51、1987)。菅谷文則「不自然な架空年号 魏鏡説崩れる」(『東アジアの古代文化』51、1987)。京都府立山城郷土資料館・京都府立丹後郷土資料館『鏡と古墳 景初四年鏡と芝ヶ原古墳』(1987)。 崎山正人「駅南地区発掘調査概要 寺ノ段古墳群、広峯古墳群」(『福知山市文化財調査報告書』12、1987)。近藤喬一「景初四年銘鏡私考」(『考古学雑誌』73-3、1988)。崎山正人「京都府広峯15号墳」(『日本考古学年報』39、1988)。近藤喬一『三角縁神獣鏡』(1988)。 崎山正人「駅南遺跡発掘調査報告書 寺ノ段古墳群・広峯古墳群・広峯遺跡」(『福知山市文化財調査報告書』16、1989)。崎山正人・都出比呂志ほか『謎の鏡 卑弥呼の鏡と景初四年銘鏡』(1989)。崎山正人『駅南地区発掘調査報告書 寺ノ段古墳群・広峯古墳群・広峯遺跡』(1989)。 辰馬考古資料館『考古学研究紀要』2(1991)。樋口隆康「京都府下近年出土の鏡について(2)」(『京都府埋蔵文化財論集』2、1991)。「前漢から元時代の紀年鏡」(『特別展「古鏡」図録(五島美術館展覧会録)113』1992)。『前方後円墳集成』(平良泰久、1992)。 崎山正人「下山古墳群II」(『福知山市文化財調査報告書』22、1993)。福岡県教育委員会『図録 邪馬台国への道のり』(1993)。歴博報56(1994)。府Map2002、地図9、153-15(旧192-15)。 
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