山口遺跡

ふりがな
やまぐちいせき 
時代
縄文/弥生/古墳/平安/古代細分不明/中世細分不明/江戸/近世細分不明/明治 
所在地
宮城県仙台市太白区富沢1丁目ほか 
緯度経度
38.217361, 140.868167 
遺構概要
市報207(縄文+弥生-溝(河川)+水田)。 市報208(平安〜中世-水田土壌)。 市報247(縄文-包含層/古墳(中期〜後期)-包含層/平安-河川/古代〜近世-土坑2/江戸〜明治初-溝2)。 <現況>畑/宅地/水田。<立地>沖積平野/自然堤防。 
遺物概要
市報207(縄文土器+弥生土器)。 縄文-縄文土器(素山2式+大木8a式〜大木10式+南境式+宝ヶ峯式ほか)/弥生-弥生土器(十三塚式)/時代不詳-土師器(国分寺下層式+表杉ノ入式)+須恵器/中世-中世陶器。 市報247(縄文-縄文土器/平安-土師器+赤焼土器/江戸〜明治初-陶磁器)。 
発掘概要
地下鉄建設工事・共同住宅建設・マンション建設  
その他概要
LCc2/ON/PN01178/、旧名 下ノ内北遺跡、県遺跡地図1998.3。市報207-1996.3。市報208-1996.3(第15次)。仙台市史編纂委 『仙台市史』特別編2(1995)、佐藤智雄「宮城県仙台市山口遺跡」『埋蔵文化財調査研究所報告書』8(1988)、市教委「年報1」 『仙台市文化財調査報告書』23(1980)、市教委「山口遺跡発掘調査報告書」『(同)』33(1981)、市教委「山口遺跡II− 仙台市体育館建設予定地」『(同)』61(1984)、市教委「富沢・山口遺跡(2)」『(同)』135(1990)、市教委「山口遺跡」『(同)』 151(1991)、市教委「富沢遺跡・泉崎浦・山口遺跡(3)」『仙台市文化財調査報告書』152(1991)、市教委「富沢遺跡・泉崎浦・ 山口遺跡(4)・下ノ内裏遺跡−第5次」『(同)』1563(1992)、市教委「富沢・泉崎浦・山口遺跡(5)」『(同)』171(1993)、 市教委「富沢・泉崎浦・山口遺跡(6)」『(同)』172(1993)、市教委「富沢・泉崎浦・山口遺跡(7)」『(同)』184(1994)、市教委 「富沢・泉崎浦・山口遺跡(8)」『(同)』203(1995)、市教委「下ノ内浦・山口遺跡」『(同)』207(1996)、市教委「富沢・泉崎浦 ・山口遺跡(9)」『(同)』208(1996)、市教委「富沢・泉崎浦・山口遺跡(10)」『(同)』220(1997)。市報247-2000.3(第16次)。 <25000分の1地形図>NJ-54-21-3-4。<全国遺跡地図番号>21-260  
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