杢路寺古墳

ふりがな
もくろじこふん 
時代
古墳 
所在地
佐賀県伊万里市二里町大字大里(甲)字杢路寺/字平沢良 
緯度経度
33.264139, 129.862972 
遺構概要
集成、古墳(前方後円墳)。<立地>山麓段丘上。<保存状況>墳丘大破。標高11m、水田からの比高8m、前方部3段・後円部3段、方位N78度W、造出なし、周庭なし、墳長80m、後円径60m、前方幅22m・長40m・高3m、葺石不明、 (第1主体)位置:後円部頂中央、棺:割竹形木棺か、槨:礫槨 河原石および粘土 長約4m、主軸と直交か、遺体:頭位北か、 (第2主体)前方部南側、箱式石棺、 (第3主体)前方部北側、箱式石棺 凝灰岩質、そのほか:粘土枕、主軸と平行、遺体:成人(性別不明)頭位西、 (第4主体)後円部裾、箱式石棺2。 歴博報56、古墳前期〜中期-古墳(前方後円墳、礫床+組合式木棺)、墳長80.0m。 
遺物概要
集成、埴輪(円筒埴輪)、第1主体-倭製三角縁神獣鏡1+鉄剣6以上+鉄刀1以上+ヤリガンナ1、第3主体-ヤリガンナ2+砥石1+斧1。 歴博報56、倭製獣文帯三神三獣鏡(銘文なし、完形22.3cm、1952年出土、伊万里市教委蔵・伊万里市歴史民俗資料館保管)、 伴出、ヤリガンナ+鉄剣+鉄刀。 
発掘概要
集成、1961年明治大学考古学研究室が発掘調査。 
その他概要
LCb2/ON618/PN2100/。<全国遺跡地図番号>6-265。 大塚初重・小林三郎「佐賀県杢路寺古墳」東京考古学会(『考古学集刊』1-4、1962)。志佐〓彦「県内出土の古鏡」(『佐賀県立博物館調査研究書』3、1977)。佐賀県教委『佐賀県遺跡地図(杵西地区)』(1981)。県Map81、3-5-G-3002。『前方後円墳集成』(田平徳栄、1992)。歴博報56(1994)。 
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