三津永田遺跡

ふりがな
みつながたいせき 
時代
弥生 
所在地
佐賀県神埼郡吉野ヶ里町三津字永田・西ノ田 
緯度経度
33.347556, 130.383722 
遺構概要
墳墓-弥生前期末〜後期初-甕棺100以上+箱式石棺墓+土壙墓。 歴博報56、墳墓-弥生IV期-甕棺、墳墓-不明-不明。 
遺物概要
弥生中期-銅鏡(連弧文昭明鏡+流雲文縁獣帯鏡+四〓(蛇の俗字)鏡)+銅鏃。 歴博報56、細線式獣帯鏡(銘帯<文字>「〓言之紀従鏡始 蒼龍在左 白虎在右 宜善賈 孫子」</文字>、完形14.4cm、1953年発掘、佐賀県教委蔵・裕徳博物館保管)、キ龍文鏡(銘文なし、欠損9.2cm、1952年出土、多伊良三千人蔵・佐賀険路津博物館保管)、 内行花文銘帯鏡(<文字>「一内而青而以而召而明而光而為而日」</文字>、完形9.0cm、1952年出土、多伊良三千人蔵・佐賀険路津博物館保管)、鏡式不明(銘文不明、完形、1953年頃出土、盛良晴旧蔵、現物なし)、伴出、素環頭鉄剣。 
発掘概要
 
その他概要
旧、神埼郡東脊振村。 LCd3/ON185/PN191/。<全国遺跡地図番号>4-186。 七田忠志「東脊振村三津の石蓋甕棺と内行花紋明光鏡」『佐賀県文化財調査報告書』第2集。 金関丈夫「佐賀県三津永田遺跡」『日本農耕文化の生成』(1961)。 橋口達也「佐賀県脊振南麓における弥生社会の発展」『九州考古学』41〜44号(1971)。 志佐〓彦「県内出土の古鏡-弥生・古墳時代-椛島山遺跡調査報告書」『佐賀県立博物館調査研究書』3(1977)。 佐賀県教委『佐賀県遺跡地図(三神地区)』(1979)。県Map79、5-2024。 七田忠昭「三津永田遺跡」『弥生時代の青銅器とその共伴関係』(1986)。埋文研究会20-1986。歴博報56(1994)。 
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