石塚山古墳

ふりがな
いしづかやまこふん 
時代
古墳 
所在地
福岡県京都郡苅田町富久町1丁目19-2ほか 
緯度経度
 
遺構概要
歴博報56、古墳前期-古墳(前方後円墳、竪穴式石棺)、墳長110.0m前後。 集成、古墳(前方後円墳)。<立地>丘陵先端。標高8m、東側道路面からの比高1m、前方部2段・後円部3段、方位N約130度E、造出なし、周濠なし、周庭なし、墳長約110m、後円径約60m・高約9.5m・頂径約24m、前方幅約40m・長約44m・高約3.5m、くびれ幅約21m、後前高差-6m、葺石あり、 (内部主体)位置:後円部中央、槨:竪穴式石槨 長約5.4m・幅約0.9m、壁面と床を赤く塗る(ベンガラと朱)、主軸とほぼ平行、乱掘:1796(寛政8)年石槨乱掘。<保存状況>保存。 県年報2000(古墳-古墳(前方後円墳)) 
遺物概要
歴博報56、三角縁吾作四神四獣鏡(銘帯<文字>「〓吾作明竟甚大工上有王喬□赤松師子夫鹿甚(以下欠損)」</文字>、欠損20.0cm、1796年出土、宇原神社蔵)、以下記述のないものは(1796年出土、宇原神社蔵)共通、三角縁獣文帯日月四神四獣鏡(獣文帯の間<文字>「日」</文字> <文字>「月」</文字>、完形21.8cm)、 三角縁獣文帯天王日月四神四獣鏡(獣文帯の間<文字>「天王」</文字> <文字>「日月」</文字>、完形22.0cm)、同(獣文帯の間<文字>「天王」</文字> <文字>「日月」</文字>、完形23.5cm)、三角縁獣文帯天王日月三神三獣鏡(獣文帯の間<文字>「天王日月」</文字>、完形22.4cm)、同(獣文帯の間<文字>「天王日月」</文字>、完形22.5cm、1796・1988年出土、宇原神社・苅田町教委蔵)、 細線式獣帯鏡(破片15.0cm以上か、1988年発掘、苅田町教委蔵)、三角縁獣文帯日日日全三神三獣鏡(方格<文字>「日日日全」</文字>、完形22.4cm)、鏡式不明(遺存度・面径不明、現物なし)、伴出、1796年:素環頭大刀+銅鏃、1988年:コハク製勾玉+碧玉製管玉+鉄斧+刀+鉄鏃+小札(冑)+赤色顔料。 集成、埴輪なし、土師器(布留式古相併行期)、石槨内-三角縁神獣鏡7以上(現存)+獣帯鏡1(伝中国鏡出土)+碧玉製管玉3+コハク製勾玉1+素環頭大刀+類銅鏃+大型鉄鏃11以上+柳葉形鉄鏃12以上+銅鏃+小札革綴冑+斧5。 県年報2000(丹塗り複合口縁壺) 
発掘概要
集成、1796年、県教委が墳丘測量実施。1987年、町教委が石槨発掘調査、保存。史跡整備 
その他概要
LCb4/ON4966/PN900021/。<全国遺跡地図番号>6-217。 梅原末治「豊前京郡郡の二三の古墳」(『中央史壇』9-6、1924)。島田寅次郎「石塚山の古墳」(『福岡県史跡名勝天然紀念物調査報告書』1、1924)。長嶺正秀「豊前国の前方後円墳からみた古墳時代」(『行橋市文化財調査報告書』14、1984)。長嶺正秀「旧豊前国における古墳時代の動向と諸問題」(『行橋市文化財調査報告書』19、1987)。 長嶺正秀『石塚山古墳発掘調査概報』苅田町文化財調査報告書9集(1988)。『前方後円墳集成』(末永弥義、1992)。歴博報56(1994)。 『前方後円墳集成』(末永弥義、2000)。 県年報2000-2002.3 
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