辻井遺跡

ふりがな
つじいいせき 
時代
弥生/平安 
所在地
兵庫県姫路市辻井1丁目-767/7丁目 
緯度経度
34.850111, 134.671389 
遺構概要
包含地+集落。 関西縄文文化研究会、<立地>姫野平野の北西縁辺部。独立丘陵である名古山の北方の水田中に位置し、古夢前川の形成した沖積平野内の自然堤防上微高地に占地する。標高20m付近。縄文中期か-土壙墓1/縄文後期-土坑5/縄文晩期-土器棺墓5+土壙墓4+土坑10/時期不明-土坑8。 市略報1994(弥生後期-竪穴住居+土坑+溝/平安後期-柱穴+土坑)。 
遺物概要
関西縄文文化研究会、縄文-縄文土器(里木II式ほか)+人骨。人骨は現在所在不明。伴出土器は大半が里木II式とされているが、人骨の所属時期(埋葬時期)は、後期ないし晩期とする説(『県史』)もあり。 市略報1994(弥生後期-器台+壺+甕+高杯+石鏃+砥石/平安後期-魚住(鉢))。 
発掘概要
1939年研究者有志。1970年市教委・辻井遺跡発掘調査団、1982〜85年市教委。 
その他概要
LCd3/ON/PN/。<全国遺跡地図番号>17-832。所在地 旧藤ノ木字溝尻。 浅田芳朗「辻井石器時代遺蹟調査日誌」(『兵庫史談』3月号、1940)。浅田芳朗「播磨辻井遺跡の調査に就いて」(『考古学』11-3、1940)。浅田芳朗「姫路の石器時代人」(『読物市場』3、1947)。浅田芳朗「辻井遺人骨発掘秘話」(『播磨郷土文化』3、1948)。 今里幾次『姫路市辻井遺跡 その調査記録』(1971)。市教委『辻井遺跡発掘調査報告書』(1971)。 秋枝芳「辻井遺跡」(『兵庫県埋蔵文化財調査年報』昭和57・58・59・60年度、1985〜88)。 加古川市史編纂専門委員『加古川市史』1(1989)。市略報1994-1999.3(第22次)。第2回関西縄文文化研究会『関西の縄文墓地』資料集III(2000)。兵庫県遺跡地図1 2000、73-020162。 
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