黄金塚古墳/和泉黄金塚古墳

ふりがな
こがねづかこふん/いずみこがねづかこふん 
時代
古墳 
所在地
大阪府和泉市上代町 
緯度経度
34.514056, 135.456611 
遺構概要
集成、古墳(前方後円墳)。<立地>洪積段丘高位面先端。標高32m、西側平地からの比高約15m、前方部2段・後円部2段、方位N135度W、周濠(前方後円形、幅8〜15m)、総長109m、墳長85m、後円径57m・高8m・頂径17m、前方幅34m・長35m・高4m、くびれ幅35m、後前高差-約2m、葺石あり、周濠は現状で7カ所の段がある、 (中央槨)後円部頂、割竹形木棺(コウヤマキ製) 長8.7m・高0.7m〜0.8m・幅0.75〜0.89m、粘土槨 長10m・復元高1.6m・幅2.5m、主軸と平行、遺体:頭位N138度W、乱掘なし(東槨)後円部頂、箱形木棺 コウヤマキ 推定長4m・高0.7m・幅0.7m、粘土槨 長9.8m・高0.8m以上・幅1.9m、主軸と平行、男青年期〜壮年初期・頭位N140度W、中央部に径2.1×1.8mの盗掘坑、 (西槨)後円部頂、箱形木棺(コウヤマキ製) 長4m弱・高0.5m以上・幅0.53m、粘土槨 長5.1m・高0.5m以上・幅1m、主軸と平行、遺体:頭位N138度W、乱掘:槨の南半部攪乱。 府Map2001、古墳(前方後円墳)。古墳-周濠+埴輪列+後円部粘土槨3基、全長85m、前方部高6m、前方部幅34m、後円部高8m、後円部径57m。<立地>丘陵端。<現況>山林+田。 市報13(古墳-葺石)。 
遺物概要
集成、埴輪(円筒埴輪+朝顔形埴輪II式+家形埴輪)、 (中央槨棺内)斜縁二神二獣鏡1+硬玉製勾玉8+硬玉製棗玉5+碧玉製勾玉3+碧玉製管玉85+滑石製勾玉17+滑石製棗玉多数+滑石製臼玉多数+ガラス製小玉若干+碧玉製車輪石1+碧玉製石釧1+水晶製筒形石製品1、(中央槨棺外)画文帯同向式神獣鏡1(景初3年銘)+鉄剣10(短剣18)+鉄刀9+両端折曲鍬2〜3+直鎌7+刀子1+斧9+剣形工具か、 (東槨棺内)画文帯環状乳神獣鏡2+三角縁盤竜鏡1+硬玉製勾玉4+硬玉製棗玉2+碧玉製管玉68+ガラス製小玉972+水晶製切子玉1+碧玉製鍬形石1+碧玉製紡錘車2+碧玉製筒形石製品2+鉄剣4+鉄刀2+三角板革綴短甲1+三角板衝角付冑1+肩鎧+頸鎧1+草摺1+両端折曲鍬3+手鎌2+刀子5+斧7、(東槨棺外)鉄槍3+鉄矛1+鉄鏃110(無茎広身式鉄鏃+長柳葉形鉄鏃+二段腸抉長柳葉形鉄鏃+椿葉形鉄鏃)+盾2(巴形銅器3)+斧2+鋸1+刀子状工具2+ヤリガンナ1+刺突具2+鑿2+方孔円形銭貨1(五銖銭か)、 (西槨棺内)画文帯同向式神獣鏡1+硬玉製勾玉2+硬玉製棗玉3+碧玉製管玉88+滑石製勾玉1+鉄剣3+鉄刀3+鉄鏃110(鑿頭式鉄鏃+短茎広身式鉄鏃+柳葉形鉄鏃+短頸三角形鉄鏃)+銅鏃1+石鏃1+長方板革綴短甲1+三角板衝角付冑1+頸鎧1+肩鎧1、(西槨棺外)鉄槍1。 歴博報56、中央槨:半円方形帯神獣鏡(半円方格帯<文字>「景初(カ)三年陳是(カ)作銘銘之保子宜孫」</文字>、23.8cm、1951年発掘、東博蔵)、以下出土年、所蔵者共通、二神二獣鏡(銘帯<文字>「周是作竟自有紀令人長命宜孫子五男二女・・・(25字不明)・・・天王日月子」</文字>、17.4cm)、伴出、鉄斧+鉄鎌+鉄刀+鉄刀子+勾玉+管玉+石釧+車輪石+筒形石製品、 東槨:盤龍鏡(半三角縁)(銘文なし、完形24.5cm、制作地中国後漢〜魏晋)、環状乳神獣鏡(半円方格帯<文字>「上方作竟 自有紀徐 去不羊宜 □□□□ □西王母 □人昌平 不知□□ □上方作 竟自有紀 除去不羊 宜古市上 □□□□」</文字>、完形15.2cm)、 同(半円方格帯<文字>「吾作明竟 幽凍三商 周刻典祀 配像萬彊 百身長樂 衆神見容 天禽□□ □□□□ □從富貴 安樂子孫 番昌大吉 與師命長」</文字>、完形14.4cm)、 伴出、巴形銅器+鉄斧+鋸+ヤリガンナ+鉄刀+鉄剣+鉄刀子+短甲+衝角付冑+勾玉+管玉+切子玉+鍬形石+筒形石製品+紡錘車、 西槨:半円方形帯神獣鏡(半円方格帯<文字>「吾作明竟幽凍三剛統強富壽長」</文字>、完形18.5cm)、伴出、鉄刀+鉄剣+短甲+衝角付冑+勾玉+管玉。 市報13(古墳-埴輪)。 
発掘概要
集成、1950年〜1951年に末永氏ほかによって発掘調査。 府Map2001、1950年〜1951年発掘調査。 範囲確認調査。 
その他概要
LCd4/ON1396/PN1947/<全国遺跡地図番号>5-122。 末永雅雄・島田暁・森浩一『和泉黄金塚古墳』(1954)。末永雅雄「大阪府泉北郡黄金塚墳」『日本考古学年報(1950年)』3(1955)。森浩一「日本の古代文化 古墳文化の成立と発展の諸問題」『古代史講座3古代文明の形成』(1962)。森浩一「和泉黄金塚古墳についての補遺」『橿原考古学研究所論集』(1975)。 嶋田曉『黄金塚・施福経塚の遺宝 和泉の考古』(1985)。東博『特別展日本の考古学 その歩みと成果』(1988)。『前方後円墳集成』(松村隆文、1992)。歴博報56(1994)。府Map2001、地図133-2。 市報13-2003.3。 
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