交北城ノ山遺跡

ふりがな
こうほくじょうのやまいせき 
時代
弥生/古墳/古代細分不明/中世細分不明 
所在地
大阪府枚方市交北1・2・2丁目180・201/片鉾本町154-1・155/片鉾東町386-1・394-2ほか/上野3丁目地内 
緯度経度
34.830083, 135.675778 
遺構概要
map1990、集落+城館。弥生〜古墳-方形周溝墓+竪穴住居ほか。<立地>段丘。<現況>農地ほか。 市調査会報 第36次(弥生-土坑4+溝1+落込み1/近世-溝2)。 第57次(弥生末〜古墳-水田+足跡/古墳前期〜中期-溝+堰+足跡/奈良〜平安-水田+足跡/古代〜中世-溝/中世-畑地)。市調査会報(なし)。 関西縄文文化研究会、<立地>生駒山地から続く、穂谷川左岸の枚方台地北縁(標高22m)。縄文晩期-埋設土器3。 
遺物概要
市調査会報(なし)。 市調査会報 第36次(弥生土器)・第57次(土師器)。 関西縄文文化研究会、縄文晩期-縄文土器(滋賀里IIIb式)。 
発掘概要
道路建設・体育館建設・共同住宅建設・事前調査・留守家庭児童会建替え。1981〜82年市文化財研究調査会。 
その他概要
LCa3/ON/PN/。<全国遺跡地図番号>4-434。 瀬川芳則ほか「淀川左岸の複合遺跡 枚方市交北城ノ山遺跡」(『ヒストリア』97、1982)。谷川博史「交北城ノ山遺跡出土の白瓷系陶器について」(『(財)枚方市文化財研究調査会 研究紀要1』、1984)。『枚方市史 考古編補遺』(12、1986)。『枚方市文化財年報III・V・IX』(1982・1984・1989)。 map1990-49-55。『枚方市文化財年報11 1989年度』(1992)。『枚方市文化財年報12 1990年度分』(1993)。『交北城ノ山遺跡 大阪府片鉾住宅建設に伴う発掘調査報告書』(1993)。『枚方市文化財年報15 1993年度分』(1995)。市調査会報-1995.3。市調査会報-1996.1(第36・57次)。『枚方市文化財年報20 1998年度分』(1999)。 第2回関西縄文文化研究会『関西の縄文墓地』資料集III(2000)。府Map2001、地図49-55。 
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