万年山古墳/万年寺山古墳

ふりがな
まんねんやまこふん/まんねんじやまこふん 
時代
古墳 
所在地
大阪府枚方市枚方上之町 
緯度経度
34.813639, 135.643778 
遺構概要
map1990、古墳。古墳-古墳。<立地>丘陵。<保存状況>消滅。 集成、古墳(前方後円墳か)。<立地>丘陵突端。標高約38m、周辺低地からの比高約30m、方位北西-南東か、墳長100m、後円径68m・高12m、前方長34m・高6m、葺石なしか。 (内部主体)棺:割竹形木棺か、長3m以上・幅0.3m以上(棺片採取)、槨:粘土槨か前方後円墳の可能性が強いと考えられるが、すでに全壊している。墳長などは石川昇氏による。 歴博報56、古墳前期-古墳(前方後円墳)。 
遺物概要
map1990、古墳-木棺+鑑鏡類8(三角縁神獣鏡)+玉+刀剣類。 集成、埴輪なしか、(工事中発見遺物)三角縁吾作銘四神四獣鏡+三角縁君宜官獣文帯三神三獣鏡+三角縁有銘四神四獣鏡+三角縁日月唐草文帯四神四獣鏡+三角縁波文帯竜虎鏡+三角縁獣帯鏡+三角縁獣文帯神獣鏡+平縁獣帯鏡+伝玉類+伝鉄刀2、以上の副葬品は工事中に発見された遺物。 吾作銘四神四獣鏡は椿井大塚山古墳(2面)・石塚山古墳・中小田古墳と同笵、君宜官獣文帯三神三獣鏡は佐味田宝塚古墳と同笵、日月唐草文帯四神四獣鏡は経塚古墳(静岡県)と同笵、波文帯竜虎鏡は池ノ内5号墳・吉島古墳と同笵。 歴博報56、三角縁神獣鏡(銘文なし、欠損23.2cm、1904年出土、東大総合資料館蔵)、 獣帯鏡(銘帯<文字>「・・・文白虎□明居仲寿如金石佳自好上有山人不知老・・・」</文字>、欠損20.2cm、1904年出土、東大総合資料館蔵)、獣帯鏡(銘文なし、欠損18.0cm、1904年出土、東大総合資料館蔵)、 三角縁唐草文帯四神四獣鏡(銘帯<文字>「日月天王」</文字>、完形21.8cm、1904年出土、東大総合研究所蔵、同型鏡:静岡県経塚古墳)、 三角縁四神四獣鏡(銘帯<文字>「・・・有宜文章・・・石東王父與・・・而飢食棗」</文字>、完形22.0cm、1904年出土、東大総合資料館蔵)、同(銘帯<文字>「吾作明竟甚大工上有王喬及赤松師子天鹿園竜天下名好世無雙」</文字>、欠損20.1cm、以下同、同型鏡:京都府椿井大塚山古墳2面、福岡県石塚山古墳、広島県中小田1号)、三角縁三神三獣鏡(銘帯<文字>「君宜官」</文字>、欠損22.0cm、1904年出土、東大総合資料館蔵、同型鏡:奈良県佐味田宝塚)、三角縁波文帯盤龍鏡(銘文なし、欠損22.0cm、1904年出土、東大総合資料館蔵、同型鏡:兵庫県吉島古墳、奈良県池1内5号墳、群馬県頼母子古墳) 
発掘概要
集成、1904年、小学校運動場の拡張工事中に遺物発見、同時に全壊。 
その他概要
LCa3/ON472/PN589/。<全国遺跡地図番号>4-53。 梅原末治「雑録 河内枚方町萬年山の遺蹟と発見の遺物に就て」(『考古学雑誌』7-2、1916)。片山長三・北野耕平「第2編 枚方の遺跡と遺物」(『枚方市史』1、1967)。北野耕平「古墳時代の枚方」『枚方市史』1巻(1967)。瀬川芳則・中尾芳治『日本の古代遺跡11 大阪中部』(1983)。 石川昇「大阪府の前方後円墳地名表」(『大阪文化誌』16、1983)。『枚方市史 考古編補遺』(12、1986)。大阪府立泉北考古資料館「冬期特別展大阪府の古鏡」(『泉北考古資料館だより』31、1987)。大塚初重・小林三郎・熊野正也『日本古墳大辞典』(1989)。map1990-48-83。 大塚初重編『図説 西日本古墳総覧』(1991)。近藤義郎『前方後円墳集成 近畿編』(1992)。『前方後円墳集成』(秋山浩三、1992)。歴博報56(1994)。村上恭通「星丘遺跡の鍛冶遺構について」(『みずほ』14、1994)。府Map2001、地図48-83。 
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