穀塚古墳

ふりがな
こくづかこふん 
時代
古墳 
所在地
京都府京都市西京区山田葉室町 
緯度経度
34.989056, 135.688056 
遺構概要
集成、古墳(前方後円墳)。<立地>段丘上(縁辺部近く)。標高約37m、東側水田からの比高約10m(推定)、方位ほぼS、周濠(幅約4.5mの空壕、全周するか不明)墳長約41m、後円高約6m、前方幅約18m・高約3.6m(墳丘は梅原末治による歩測概算)、葺石あり、 <保存状況>1952年〜1957年頃、壁土採取のため消滅、(後円部第1主体)後円部ほぼ中央、槨:竪穴式石槨(長約5.4m・高0.9m・幅2.7m)、主軸とほぼ平行、乱掘(1914年発見・発掘)、 (後円部第2主体)後円部石槨下(基底部近く)、粘土槨か(長約3.6m)主軸とほぼ平行らしい、遺体:人骨あり・頭位ほぼ北、乱掘(1955年土取時に発見)、(前方部主体部か)槨(礫層あり)、乱掘(1914年発見・発掘)。 歴博報56、古墳中期-古墳(前方後円墳、竪穴式石室)、墳長40.5m。 市Map2003、古墳中期-古墳(前方後円墳、竪穴式石室+葺石+周濠)、全長40.5m。<保存状況>全壊。 
遺物概要
集成、埴輪(円筒埴輪+器財埴輪(蓋形埴輪+盾形埴輪)+動物埴輪+人物埴輪)+画文帯神獣鏡1+金銅製帯金具一括+金銅製細帯式冠+鉄剣1以上+鉄刀(銀象嵌鳳凰環頭大刀1+ほか3以上)+鉄矛2+鉄鏃1束(約25、型式不明)+刀子1+斧3+鉄製楕円形鏡板付轡1+五鈴付杏葉2+辻金具+カコ+木心鉄板張輪鐙+ 土師器(高杯)+須恵器(TK23型式(蓋杯+高杯+ハソウ+壺+甕など))+格子文付青銅製品1+銅鈴約10、これらのうち、馬具の一部+鉄鏃一束+鉄刀1+鉄剣1+須恵器(壺3)は後円部第2主体、鉄刀1は前方部礫層からの出土である。 歴博報56、画文帯神獣鏡(半円方格帯、4字ずつの字があるが判読できない、破片18.1cm、1914年出土、東博・京大蔵)、 伴出、帯金具+刀子+斧+直刀+槍+馬具+須恵器(杯+高杯+壺)。 市Map2003、埴輪あり。 
発掘概要
集成、1914年に京都府史蹟勝地調査会、1955年に棚橋信文が調査。 市Map2003、立会調査。 
その他概要
LCa4/ON433/PN3867/※。<全国遺跡地図番号>18-187。 梅原末治「松尾村殻塚」(『京都府史蹟勝地調査会報告』2、1920)。梅原末治「補記」(『京都府史蹟勝地調査会報告』3、1922)。森本六爾「二三の埴輪と古墳に関する新資料に就いて」(『考古学雑誌』15-2、1925)。柵橋信之『桂中学校所蔵出土品目録』(プリント)、(1959)。京都大学文学部『京都大学文学部博物館考古学資料目録』第2部(1968)。 中村浩「山城・穀塚古墳出土須恵器について」(『MUSEUM』431、1987)。京都府立山城郷土資料館・京都府立丹後郷土資料館『鏡と古墳 景初四年鏡と芝ヶ原古墳』(1987)。東京国立博物館『東京国立博物館図版目録』古墳遺物篇・近畿I(1988)、丸山義弘「洛西山田の古墳分布について」(『京都考古』51、1989)。 家崎孝治ほか『京都市内遺跡試掘立会調査概報』平成2年度、1991。『前方後円墳集成』(和田晴吾、1992)。歴博報56(1994)。京都大学総合博物館『王者の武装 5世紀の金工技術』(1997)。『前方後円墳集成』(有馬伸、2000)。市Map2003、971。 
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