大岩山遺跡

ふりがな
おおいわやまいせき 
時代
弥生 
所在地
滋賀県野洲市小篠原 
緯度経度
35.071972, 136.042500 
遺構概要
銅鐸出土地。 map96:山は3分の2以上壊滅 センター報2002、不明な点が多いが、1962年出土のものは大中小3個の銅鐸を入れ子にして埋納されたものと想定できる。<現況>山林。<立地>山腹。 
遺物概要
突線鈕式近畿銅鐸1+突線鈕1式全面1区流水文銅鐸1+突線鈕1式6区袈裟襷文銅鐸2+突線鈕2式6区袈裟襷文銅鐸1+突線鈕2式近畿IA式銅鐸1+突線鈕2式近畿IC式銅鐸1+突線鈕3式三遠式銅鐸3+突線鈕3式近畿IIA式銅鐸6+突線鈕3式近畿IIC式銅鐸3+突線鈕4式近畿IIIC式銅鐸1+突線鈕5式近畿IVB式銅鐸1+銅鐸(型式不明5) センター報2002、突線鈕1式6区袈裟襷文銅鐸4+突線鈕2式三遠・近畿IA式銅鐸4+突線鈕3式三遠・近畿IIIA・C式銅鐸13+突線鈕5式近畿IVB式銅鐸1+銅鐸(不明2)、国指定重文 
発掘概要
センター報2002、1881年14個の銅鐸が偶然に発見される。1962年には、東海道新幹線建設工事に伴う採土工事により10個出土。 
その他概要
LCc1/ON698/PN11-19/。<全国遺跡地図番号>10-365旧、野洲郡野洲町。 梅原末治『銅鐸の研究』(1927)。 水野正好「滋賀県野洲郡野洲町小篠原銅鐸埋蔵調査報告」『日本考古学協会昭和37年度研究発表要旨』(1929)。 近江風土記の丘資料館編(『近江の銅鐸と銅鏡』 近江風土記の丘資料館1981)。 近江風土記の丘資料館編(『近江の銅鐸と銅鏡』 近江風土記の丘資料館1984)。 滋賀県百科事典刊行会編(『滋賀県百科事典』 大和書房1984)。 埋文研究会20-1986。 神田孝平「銅鐸出拠考」『東京人類学雑誌』25(1888)。 野洲町立歴史民俗資料館『大岩山出土銅鐸図録』(1988)。 map96:343-091、25。 島根県古代文化センター『青銅器埋納地調査報告書I』(2002)。 
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