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旧石器

旧石器
縄文

縄文
弥生

弥生
古墳

古墳
飛鳥白鳳

飛鳥白鳳
奈良

奈良
平安

平安
古代細分不明

古代細分不明
鎌倉

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南北朝

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室町

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戦国

戦国
中世細分不明

中世細分不明
安土桃山

安土桃山
江戸

江戸
近世細分不明

近世細分不明
明治

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大正

大正
昭和

昭和
平成

平成
近現代細分不明

近現代細分不明
不明

不明

最新の名前をつけて保存した遺跡グループ (名前をつけて保存した遺跡グループをもっと見る

小代氏関連遺跡』 登録遺跡数:37 某歴史好き 2018年8月15日 23時42分
鎌倉時代~戦国時代にかけて、野原荘(荒尾市、長洲町、玉名郡岱明町の一部)を支配していたとされる、小代氏関連の遺跡、遺物をまとめたもの。 城跡がメインですが、石塔(五輪塔)、寺社なども含みます。 城跡に関しては、城跡と推定される場所も含んでいます。 少ししか回れていなのでちまちま埋めていく予定です。
荒尾市内の城跡・城跡推定地』 登録遺跡数:18 某歴史好き 2018年8月15日 14時39分
荒尾市内の城跡、および城跡と推定されている場所のリスト。 主に鎌倉時代~戦国時代にこの地、野原荘(のばらのしょう)を統治していた小代氏のものと思われるものが多め。 数か所しか回れていないので、ちまちま少しずつ埋めていく予定。
知足の古墳遺跡』 登録遺跡数:4 かん 2018年5月17日 4時29分
篠山市知足、集落の古墳遺跡
山形市山寺』 登録遺跡数:6 江口五兵衛光清 2018年1月26日 11時2分
山形市山寺地内の遺跡
御調町遺跡グループ』 登録遺跡数:2 春風工房 2017年8月19日 3時24分
御調町内の遺跡まとめています

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塚越1号墳/十王堂の塚古墳
塚越1号墳/十王堂の塚古墳 さすらいの考古学者 2018年10月11日 20時38分
東光寺跡。寺はなく、後世にたてられた薬師堂と石塔、五輪の塔のみです。
東光寺跡
東光寺跡 某歴史好き 2018年9月1日 19時13分
東光寺跡。寺はなく、後世にたてられた薬師堂と石塔、五輪の塔のみです。

甲斐有雄碑
甲斐有雄碑 青少協 2018年9月1日 8時22分

甲斐有雄碑
甲斐有雄碑 青少協 2018年9月1日 8時21分
別当塚古墳東墳の内部。ベンガラによる装飾がわずかですが残っています。
2012年10月撮影時。
別当塚古墳群
別当塚古墳群 某歴史好き 2018年8月30日 3時41分
別当塚古墳東墳の内部。ベンガラによる装飾がわずかですが残っています。 2012年10月撮影時。
東墳の入り口。整備された際に、古墳への入り口がコンクリートで作られていますが、柵がしてあり中を隙間からうかがえるのみ。
別当塚古墳群
別当塚古墳群 某歴史好き 2018年8月30日 3時40分
東墳の入り口。整備された際に、古墳への入り口がコンクリートで作られていますが、柵がしてあり中を隙間からうかがえるのみ。
別当塚古墳東墳の全景。円墳です。
別当塚古墳群
別当塚古墳群 某歴史好き 2018年8月30日 3時38分
別当塚古墳東墳の全景。円墳です。

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[ 東光寺跡 ] 某歴史好き 2018年9月1日 19時21分
原万田の国道沿いからすこしはいった住宅街の道沿いにぽつんと立っています。地図上の場所ではグーグルマップに田次郎丸居館あとと示されている場所が、この薬師堂がたっています。 寺域はわかりませんが、この東光寺を立てたとされる田次郎丸居館跡の敷地内に建っています。 薬師堂を囲むようにして、五輪塔、板碑、六地蔵塔などが並べてあります。また、お堂の内部にも変わった石碑が保存されていて興味深いです。
[ 三ノ宮古墳 ] 某歴史好き 2018年8月30日 4時32分
下井手八幡宮の境内に存在する、荒尾市内で唯一の前方後円墳だそうです。 神社本殿のすぐ横にあり、全長60m、後円部直径23mだそうで、ちなみに方形の部分の下底部?は掘削されて削れており、微妙にかたちがつかみにくかったです。ちなみに古墳のそばに「武装石人」が残っており、覆屋のなかに保存されています。
[ 横島城跡 ] 某歴史好き 2018年8月27日 21時30分
鎌倉時代~戦国時代の間、野原荘(現 荒尾市、長洲町、玉名市)を支配していた小代氏が、1410年(応永十七年)に幕府から伊倉荘、伊倉港を与えられたという記録があるので、この記録を信じるならば、横島城を領有していてもおかしくないかな?という想像は働きます。(あくまで私見です)
[ 横島城跡 ] 某歴史好き 2018年8月27日 21時22分
公園内にあった石碑にかかれた説明です。 「昔、横島が海中の孤島であったころ(およそ500~600年前)小岱(代)一族の武将で、通称「新九郎」という水軍がここに本拠を構え、伊倉・高瀬の両港に出入りする商船から案内料や通行料をとっていたという。従わぬ船からは強制的に金品を没収したので、人々からは「海賊」として恐れられていた。この本拠から坂を下り船を出す海辺まで百五十間の坂道を今でも「新九郎坂」と呼ぶ。
[ 横島城跡 ] 某歴史好き 2018年8月27日 21時17分
かなり前になりますが、偶然ここを訪問しました。平坦な干拓地が広がる子に地域に、ぽつんと小高い小山が存在する感じで、いかにもこの周辺が当時は海であり、ここが島だったことが想像できる場所でした。 いまは、独特のかたちの展望台がある公園になっています。城跡としての遺構を確認する時間がなかったのですが、横島城跡の石碑が建てられていることから、ここが当時小島のなかに存在した砦?のようなかんじだったんじゃないかと想像が膨らみます。
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